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最終話「いとおしい舌」



 内館牧子らしい、晴れやかな結末だった。


 あれだけドロドロとした愛憎劇の末に、こんなに心地よい結末をもたらすことができるのはすごい。多少の強引さはあるが、作中での違和感は感じられなかった。


 振り返って見れば、失ったものはたくさんあるように見えるが、実際には千夏(飯島直子)の母、典子(松原智恵子)の死だけであった。あとのものは、喪失ではなく、それぞれの前進を阻んでいた足枷を取り除いただけなのである。


 その足枷がなくなった今、それぞれがそれぞれの道を歩みはじめ、前進した。弘子(森口瑤子)は杏梨(牧瀬里穂)と和解し、共に富士山花店を経営することになった。耕平(加藤浩次)は杏梨と離婚し、千夏とも別れ、一から花屋をはじめた。光哉(田中圭)は自分の夢のために、大学受験を決意し、旅立った。白川(藤竜也)は千夏の父の作品を観ることで、創作の意欲を取り戻し、他人の評価ではなく、自分の目指す作品を創りはじめた。そして、千夏は再度店舗を持つことを夢見ながら、移動販売の花屋をはじめた。


 ひとこと言うならば、白川だけまとも過ぎる。一人だけ、すごく良い人だった。なんか裏があるのかと思ったのだが、ぶれない軸を持った、カッコいい大人の男という、このドラマには場違いな感じで終わってしまった。一人ぐらい、こういう人がいないと、とっちらかったまま収拾つかなくなるのだろうけど。とにかく、まともすぎて不思議。


 単なる愛憎劇で終わらず、最終的にはハッピーエンドといえる結末で、良いドラマだった。怒涛の展開の末にすっきりとした気持ちをもたらしてくれるという、期待通りの良作だったと思う。



At 02:10 | コメント (0) | トラックバック (0)

最終話



 なんとも中途半端な結末で、11話も観てきて損をした気分だった。


 試合の結末まで見せず、こずえ(上戸彩)が復帰したところで終了という結末が中途半端であったというわけではない。あの終わり方は、それほど悪いものではない。あっけなさは感じられたが、余韻を残すという点では、一応の効果をあげていたと思う。


 私が中途半端だと思ったのは、登場人物の行動や、作中で起こる事件(問題)のことだ。


 まず、こずえの怪我は再起不能なものであるように描写しておきながら、あっけなく復活してしまった。怪我というのは、努力によって治るものではない。リハビリは必要だが、それは治った後のことだ。つまり、あの怪我を克服したというのは、こずえの力によるものではなく、もともと手術が成功すれば、完治する程度の怪我であったのだ。確かに、こずえはリハビリをがんばり、試合までに復帰できたわけだが、その描写があまりに簡素すぎて、感動もしないし、驚きもしない。


 前回の結末で、こずえが再起不能であるように予想させておいて、最終回で覆すという趣向だったのだろうが、そのために、リハビリの様子が少ししか描写できず、物足りなかったのだと思う。


 また、猪野熊(船越英一郎)の行動も中途半端だった。悪に徹していた猪野熊は、前回あたりから、急に優しくなりはじめ、とうとう、良い人になってしまった。彼は選抜メンバーを強くするために、悪役を演じていたということなのだが、それではあまりに普通すぎる。それでは、多少過激な普通のコーチでしかない。猪野熊は本当の悪役で良かったのではないか。あるいは、設定上は良い人だとしても、彼の苦悩や本音を描く必要はなかったのではないか。


 このドラマは、こずえが数々の試練にぶつかり、それを乗り越えて行く過程を描いたドラマである。猪野熊は理不尽な監督でさえすれば良かったと思う。とにかく、こずえにとっての試練でありさえすれば良かったのだ。事実、このドラマでは恋人の死さえ、ただの障壁として描かれていた。監督自身の葛藤など、全くもって不要だろう。


 ただ、猪野熊にとって、メガネが悪になるための仮面であったというのは良かった。結末で、メガネを外した彼の表情は、選手を思いやる優しさに満ちたものであった。


 結局、ドラマとしては、起伏のない、淡々とした作品だった。試練に直面した時の絶望感や、それを乗り越えた時の達成感が伝わってこない。いってみれば、RPG的な「おつかいドラマ」で、機械的に試練をこなしているだけなのだ。それは、こずえが試練を機械的にこなしているわけだが、同時に、製作者も機械的に仕事をこなしている。そういう、ストーリーの機械的な組み立て方、展開の仕方ゆえ、観ている方も機械的に、惰性で観ているだけになり、感動のない、単調なドラマになってしまったのだろう。



At 01:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

最終話 「一歩、前へ」



 なんだかんだでハッピーエンド。不倫、離婚、離職など、ずっしりとした要素を盛り込みつつ、これだけ軽い結末にしたのはすごい(良い意味で)。


 それにしても、絵里子(ともさかりえ)の自殺騒動の際に、警備員大集合にもかかわらず、奈央子(篠原涼子)だけが止めようと説得していたのはなんともドラマ的。その後も、崖っぷちでの二人の語り合いを眺めているだけだし。


 この不倫劇のために、奈央子は会社を退職することとなる。その原因は奈央子にもあるかもしれないが、一番の原因は沢木夫妻、特に絵里子にあるだろう。だというのに、絵里子は白々しく、奈央子を会社に残すための署名に協力し、奈央子は彼女に会いに行く。二人ともすごい精神力だ。


 そして、モンゴルへ渡った黒沢(赤西仁)は、いつまでもスーツ着用。モンゴル民族とヤギしかいないところでスーツとは。赤西ファンへのサービスだろうか。以前も、合宿先でケンカした後、謝りに行く時も、帰りの電車でも、ずっと胸のはだけた服装だったが、あれもやはりサービスなのだろう。


 それにしても、モンゴル支社はどういうところだったのだろうか。すぐにカシミヤ工場に行ってしまい、支社自体は描かれなかった。「材料がない」と威張っているような工場と取引しているとは。しかも、着任早々の黒沢一人に材料調達を任せるとは。


 というように、最終話はツッコミどころ満載の、充実した内容だった。全て書いているときりがないので、これぐらいにしておく。


 そういうツッコミどころからも分かるが、最終話は完全にコメディーであった。シリアスになったりコメディーになったり、忙しいドラマだ。原作はシリアス、というか、ホラーだそうだが、ドラマはコメディー一筋でよかったのではないかと思う。製作者側も、視聴者側もコメディードラマを目指し、求めていたのではないだろうか。にもかかわらず、シリアスが紛れ込んでしまったのは、原作を意識しすぎたからだと思う。


 何度も、同じようなことを書いているが、原作は原作として、ドラマはドラマとして、独立していても良いと思う。最近は、小説等を原作としたドラマも多いが、効果的なドラマ化は容易ではないということだろう。


 ドラマ全体としては、ハッピーエンドで、結末も面白かっただけに、中盤の中途半端さがもったいなかった。篠原涼子と赤西仁のコンビは良かったので、続編(コメディー)か、違うドラマでの共演があると良いと思う。



At 00:59 | コメント (2) | トラックバック (0)

最終回「夜明け」



 マサキ(徳山秀典)を助けるため、ユウ(石垣佑磨)は再び夜の世界へと戻ってきた。力には力で対抗するという決意を持って。


 今まで、マサキがそうであったように、ユウも、夜の世界の抑止力としての存在意義を得たように思える。彼らは、絶対的な力を持ち、それを誇示することで、無用な争いを防げるようになった。


 それが、力を持って力を制するという言葉の真の意味なのかもしれない。そして、そういう存在の必要性を、ユウの成長を通して描きたかったのではないかと思う。


 正直、これといった見所があるわけでもなく、あまり面白いドラマではなかったが、暴力を描くだけのものでもなく、目的を持ったドラマであるようだった。ただ、それが成功しているのかはよく分からない。



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グリフターズ 詐欺師たち



グリフターズ
ジェネオン エンタテインメント (2000/02/10)
通常5日間以内に発送します。


原題:The Grifters

監督:スティーブン・フリアーズ

出演: ジョン・キューザック、アンジェリカ・ヒューストン、アネット・ベニング、ほか

1990年、アメリカ、全109分

1990年、全米批評家協会賞主演女優賞・助演女優賞、インディペンデント・スピリット賞作品賞・主演女優賞

2005/06/23、NHK衛星第2「ミッドナイト映画劇場」にて放映

 舞台はロサンゼルス。ロイはバーテンダー相手のケチな詐欺を繰り返し、その母親のリリーは競馬のノミ行為を行い、恋人のマイラは色仕掛けで宝石詐欺を行っていた。ロイとリリーはあまり歳が離れておらず、男女関係にもなりかねない。そんな3人のグリフターズ(詐欺師)による三角関係を軸にしつつ、騙し合いが展開していく。


 詐欺師をテーマにした作品ではあるが、3人の人間関係に重きがおかれていて、地味な印象は拭えない。3人の行う詐欺も、鮮やかな手口とは言えない、地味な詐欺である。詐欺師の三つ巴というから、もっとスリルに満ちた、息もつかせぬコンゲームが見られるのかと思っていたので、個人的には期待はずれだった。


 そもそも、この映画で中心的に描きたかったものが何かがはっきりとしない。華麗な詐欺の手口は登場しないし、かといって、母・息子・恋人の三角関係に魅力があるわけでもない。


 全編を通じて「冷めた視線」が感じられて面白いのだが、それが中心であるとは思えない。それを通して、人間の感情の複雑さやブレ、そして冷淡さを描きたいのだろうか。詐欺師たちを中心に据えていながらも、アッと驚く展開がほとんどないことを考えると、人間関係とか、感情とかというような、人間クサイものを描くために、冷徹な詐欺師を用いたということか。


 作中唯一とも言える、どんでん返しの部分は十分に驚けたし、面白かった。難しいことかもしれないが、こういう展開が次々と起こるともっと良かったと思う。キレイごとに片付けない、救われない結末は個人的には悪くないと思う。過度な期待をしなければ、十分に楽しめる映画である。私の評価は、良くできた凡作という感じだが。



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ザ・コンテンダー



ザ・コンテンダー
アミューズソフトエンタテインメント (2001/10/26)
通常3日間以内に発送します。


原題:The Contender

監督:ロッド・ルーリー

出演:ジョーン・アレン、ゲイリー・オールドマン、ジェフ・ブリッジス、ほか

2000年、アメリカ、全127分

2005/05/31、日本テレビ「月曜映画」にて放映

 副大統領の急死に伴い、アメリカ史上初の女性副大統領候補として指名を受けたハンソン上院議員。だが、それを阻止しようとするラニヨン議員によって、学生時代のセックス・スキャンダルを暴かれてしまう。彼女は、その追及に取り合わない姿勢を貫くのだが……。


 なかなか良い映画だった。この映画は、かなり裏のある映画だと思う。軽く見れば、女性が副大統領になるまでを描いた、女性の権利獲得ストーリーのように思ってしまう。しかし、それは間違っているのではないだろうか。製作者の意図は、全く正反対であるような気がする。あまりに巧妙に仕掛けられているため、気を抜いていると、騙されてしまうのだ。実際、ネット上の感想をざっと見た限りでは、上記のようなテーマであると書かれているものが多い。


(ここからネタバレ)


 おそらくハンソンは潔白ではないのだと思う。作中では、スキャンダルが嘘なのか、それとも真実であるのかについて、明確には語られない。ハンソンがスキャンダルに対して口を開かない理由は、彼女いわく、個人的なことに答える必要はないから、事実であろうとなかろうと、答えないというものである。しかし、これは彼女の詭弁であろう。証拠写真や証人まで用意され、普通に戦うことはできないと悟った彼女の政治的戦略なのである。


 セックス・スキャンダルが事実であり、証拠も十分に押さえられている以上、それを否定することで、逆に不利になってしまう可能性が高い。真実を述べるという誓いをしているにもかかわらず、嘘を言ってしまうと、それこそ副大統領どころか、政治家としての生命も危ういだろう。かといって、当然肯定はできない。だから、ノーコメントを貫いたのだ。


 最終的に、大統領の力で、彼女は副大統領になれるのだが、おそらく、大統領も、彼女のスキャンダルが真実であるということに気付いていたのだと思う。真実のスキャンダルを華麗に消し去った彼女の、政治家としての力量を評価して、副大統領にしたのだろう。


(ネタバレここまで)


 この映画において、男女平等とか、女性の権利獲得とか、そういうフェミニズム的な要素は、政治のためのツールとして描かれるのである。大統領は、女性を副大統領にすることで、自身の人気を確立させる。ハンソン議員は、女性に対する差別的な考えを逆手にとって、自身のスキャンダルをもみ消そうとする。


 この映画はあくまでも、各人の思惑が交差する政治の世界での巧妙な駆け引きを描いた作品なのである。だから、テーマが「女性の社会的地位の確立」であるとか、「自分の信念を貫くことの尊さ」である、というような見方は間違っているのではないかと思う。一見すると、そのようにも見えるが、全ては観客に向けて仕掛けられた罠なのだ。その裏に、実は、フェミニズム批判のテーマさえ隠し持っているような気さえしてならない。


 タイトルでもあるcontenderというのは、、戦う人とか、意見を主張する人とか、論争する人とかという意味であり、主にハンソンのことを指しているように思えるが、それだけではなく、挑戦者というような意味であって、観客に挑戦する製作者のことなのではないだろうか。ミステリ小説にある「読者への挑戦状」のように「観客への挑戦」としての映画なのであろう。


 余談だが、前半、ボーリングのボールの曲がり方で、右よりとか左よりという、政治家の姿勢を表現したのは巧いと思った。



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レネットとミラベル四つの冒険



エリック・ロメール・コレクション DVD-BOX VI
紀伊國屋書店 (2004/10/23)
出品者から通常2営業日以内に発送します。


原題:Quatre Aventures de Reinette et Mirablle

監督:エリック・ロメール

出演:ジョエル・ミケル、ジェシカ・フォルド、フィリップ・ローデンバック、ほか

1986年、フランス、全95分

2005/06/04、TVK「Cinem@7」にて放映

DVDに保存

 田舎町で出会い、共同生活をするようになった2人の少女が、日常生活の中で体験するささいな出来事を4つのエピソードで描いた作品。夜明け前に一瞬訪れる、無音の世界「青い時間」を体験しようとする2人を描いた「青い時間」。カフェでの理不尽なボーイとのやりとりをユーモラスに描いた「カフェのボーイ」。スーパーで万引きをしている女性に出会った体験と、駅で小銭をせびる女性とのやりとりなどを重ねて描いた「物乞い、万引、詐欺師の女」。画廊に絵を買い取らせるまでのやりとりを描いた「絵の販売」。


 不思議な映画だった。冒険とは言うものの、どれも日常に潜むささいな出来事で、何か大きな山場があるわけでもない。にもかかわらず、観ていてどんどん惹きこまれ、優しく、幸福な気持ちになれる。とても心地よい、魅力溢れる作品だと思う。


 主人公の2人の少女は、対照的な性格で、一つのことに対して、全く違った考えをする様子が面白く描かれている。これは、特に「物乞い、万引、詐欺師の女」の中に表れている。


 そのエピソードも良いが、個人的には「カフェのボーイ」が一番好きだ。世の中に理不尽なことはたくさんある。どこにでもあるような、ありふれた出来事さえ、見方によっては冒険なのだ。だから、理不尽で辛い出来事も、相手から一方的に攻撃されているのではなく、自分から冒険に繰り出しているのだと考えれば良い。そうすれば、気持ちも少しは上向きになり、がんばれるのではないだろうか。


 ありふれた日常というのは、現実にはありふれたものなどではなく、たくさんの冒険によって構成された、非凡なものなのである。日常というのは、非日常の上に成り立っているのかもしれない。ミステリの世界でも、北村薫の作品を中心として、「日常の謎」と呼ばれる作品群がある。日常に満ち溢れている、冒険や謎を見つけることができれば、毎日が生命力に満ちた、楽しい日々になるのだろう。実際、この映画の主人公たちには、みずみずしい活力が満ち溢れている。


 そんな、堅苦しいことを考えずとも、ぼんやり観ているだけで、幸せな気持ちになれる、美しく優しい映画だった。どちらかというと女性に好まれる作品かもしれないが、性別に関係なく、誰にでもオススメできる傑作であると思う。



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NOBさんを偲ぶ会



 本日、パズル懇話会主催で「NOBさんを偲ぶ会」が行われた。パズル愛好家が数多く参加し、また、NOBさんの奥様とご子息もいらっしゃった。NOBさん考案のパズルや著書も展示され、来場者は思い思いに、懐かしみ、楽しんでいた。


 後半は、パズル懇話会のメンバーの中でも、NOBさんと長いお付き合いをされていた方々がNOBさんとの思い出を中心にお話されていて、とても興味深かったし、あらためて氏の偉大さを感じた。


 私は、NOBさんと深いお付き合いをさせていただくようになる前に、別れることとなってしまったのだが、いろいろな方のお話を聞いていると、もっと早くに出会っていたらという思いでいっぱいになった。いろいろとお話ししてみたかったと思う。


 その後、一部のメンバーは飯田橋のNOBスタジオを見学し、二次会へ。


 博物館の件は、ご遺族がいろいろと考えられているようだが、整理だけでも数年はかかるだろうし、そう簡単には実現できないだろう。ぜひ、実現してもらいたいが、ご遺族だけに負担をかけるわけにもいかないので、協力できることがあれば、可能な限りお手伝いしたいと思う。


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『IN・POCKET 2005年5月号』

IN・POCKET 2005年5月号

IN・POCKET 2005年5月号

講談社 (2005/05/15)
200円(税込)

 特集は「文庫で翻訳ミステリーを読もう」。翻訳ミステリをほとんど読まない私にとって、参考になる内容かと思ったが、あまりに多く挙げられていたため、結局どれが良いかよくわからなかった。なんだか、宣伝っぽいし。

 高里椎奈の『銀の檻を溶かして』が文庫化されたそうで、「もうひとつのあとがき」が掲載されていた。高里氏の作品は未読だが、この機会に読んでみたい。最近は、舞城王太郎の作品も相次いで文庫化されており、いろいろ読んでみたいものはあるが、なかなか手が回らない。

 『IN・POCKET』は、北原亞以子の「霧笛」以外はすべて読んでいるが、小説もエッセイも面白いものばかりで、分量もちょうど良く、200円分は十分に楽しめる。これからも充実した内容を期待。

At 01:00 | コメント (495) | トラックバック (0) | ミステリ

『元総理探偵・霧島幸四郎 絶対絶命!』武川行秀

元総理探偵・霧島幸四郎 絶体絶命!

元総理探偵・霧島幸四郎 絶体絶命!

武川行秀
講談社ノベルス (1993/04/05)
775円(税込)

 武川行秀こと、ミュージシャンでもあるタケカワユキヒデ氏の書下ろし長篇ミステリ。彼はミステリ小説を4冊刊行している。ミステリ作家としてデビューすることになった経緯は、前作『元総理探偵・霧島幸四郎の推理』(講談社ノベルス)に詳しいが、ミステリ以外にもファンタジー小説なども書いている。

 前作は意外と良くできていた。なので、今回も多少期待はしていたが、結局期待はずれであった。小学校で次々と事件が起こるというストーリーなのだが、まずトリックがない。しかも、犯人の行動は偶然の要素にかなり依存していて、いかにも小説然としている。なのに、小説的な面白さが欠けているのはどういうことだろうか。

 一つには、本格ミステリ的な舞台設定にもかかわらず、そこで繰り広げられる事件は、人間関係に重点を置いた、火サス的な内容であるのが原因だろう。かといって、その人間関係はあまりに複雑すぎて、興味がわかない。ユーモアミステリにもなっていないし、どう楽しめば良いのか分からないのだ。

 また、人間描写の甘さも問題だ。登場人物が多く、それぞれの人物は一応の属性を持っているのだが、だんだん混乱してくる。そして、殺人が起きたにもかかわらず、あっさりと気分転換出来てしまっているというのも気になる。殺人事件が起きた学校で、すぐにまた授業を再開するとは、到底理解できない。教師も保護者も何を考えているのだろうか。きっと、なにも考えていないのだろう。彼らはストーリを進めていくためのコマでしかないから。

 そして、最後のどんでん返しも全く驚けないし、それがあるために不自然さを助長してしまっている気さえする。殺害方法に謎がなく、とにかく犯人探しだけをしていくのは構わないが、どうしても飽きてくる。読者を惹きつける様な設定が必要だろう。

 後は、作家として、文章を書くことに対する意識が低いと思う。文末が「~た」の連続というのは、単調だし、読んでいて引っかかる。途中、ある人物が自分の行いを告白する場面で、「~ました」というのが永遠に続く場面は、事実の羅列にしか見えなかった。いくら告白とは言っても、相手に語りかけるときに、こんな話し方はしないだろう。こんな文章を平然と書くこと自体、理解できないし、それに対して編集者が何も言わないというのも不思議だ。

 本作を読んでもわかるが、作者は書きたいことを上手く処理できていない。書きたい気持ちはわかるのだが、本として販売する際には、読みたい人がいなくてはいけない。書き手の一方的な押し付けを読む読者はいないだろう。続編執筆の意欲があるようだが、次作は読者を意識した作品であってほしい。

At 01:00 | コメント (4) | トラックバック (0) | ミステリ
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プロフィール
双条 光華
Sojo Koka

芸能界暴露本のおかげで道を誤り、いつのまにか男性アイドルウォッチャーに…。
新しいモノ・珍しいモノ・面白いモノが好き。読書はもっぱらミステリです。
カテゴリー
おことわり
このブログに書かれているのは、ひとつの考え・解釈です。すべてが真実であるかは分かりません。
文中にネタバレを含む際はその旨を表記するようにしています。
ただし、ドラマに関してはことわりなく書いている場合がありますので、視聴後にご覧ください。
なお、記事中では基本的に敬称略としています。
このブログの沿革
このブログは、双条光華が過去に運営してきたブログの記事ならびに当時頂いたコメントをすべて継承しています。(現在移行中のため、一部表示が乱れています)
2008/8~ エンタメ一刀両断!
2007/1~ 散在道中膝栗毛
2005/5~ ブログの輪舞
ちなみに、「偵乱密泡華」というのは昔のHNです。
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